story64.孫と暮らした貴重な1ヶ月

7月下旬に生まれ、1ヶ月ほど母家で暮らしていた孫が、先日、娘夫婦の家の方に戻りました。コロナの影響もあり、あまり外出しなかったこの夏、孫と過ごした日々は本当に心地の良いものでした。大泣きしたり、お風呂に入れたり、せわしない時間もありましたが、生後1ヶ月にも満たない孫のひたむきな姿を見ていると、とても心が安らぎ、大自然に身を任したような、心が洗われるような、そんな感覚になりました。また、新たに命を授かり、懸命に生きている赤ん坊を久しぶりに間近に見て、「生きる」ことについても考えが巡るようになりました。

普段は日常生活に忙殺されて、生きる意味などについてはほとんど考えず、目先のことやお金のことなどに心が動いてしまう部分も否めません。書物の中で、生きる意味を表現した言葉を目にしますが、特に、京セラの社長であった稲盛和夫氏の「生まれたときより少しでもましな人間になる、わずかなりとも美しく崇高な魂をもって死んでいく」という言葉、京都大学の現総長である山極寿一氏の「感動を分かち合うことを生きる意味に据えるべき」という言葉が、深く印象に残っています。生物学者でもある山極先生は、続けて「人が生まれながらにして持つ感性には生物としての倫理がある。それを大切にして、人間以外の自然とも感動を分かち合う生き方を求めていけば、崩壊の危機にある地球も、ディストピア(理想郷(ユートピア)の正反対の社会)に陥りかけている人類も救うことができる」と結んでいます。

まだまだ完全には理解できていませんが、とても重い言葉だと思います。人が生きていくためには「競争」が必要ですが、「協調」「共有」「共創」もないと心は満たされません。そして、人と人が感動を共に分かち合うために介在するものとして、自然やアート、それらを暮らしに融合させた食や建築などがあるのだと思います。環境政策や環境教育など私自身の仕事でもそのような考え方を心掛けたいですし、パピエもそのような場であればと思います。リモートやSNSでつながることは便利で効率が良いですが、そこからは感動は生まれてこない気がします。人や自然とのつながりを五感で感じ合うことで、初めて感動が生み出されるものだと思います。

生まれたばかりの子供がふれあいやぬくもりを感じとりながら成長していくように、小さなことでも楽しめる感性を持って、心動かし、それらを分かち合うことに、生きる意味、生きる価値があるということ、孫との1ヶ月間の暮らしで、改めて気付かされたような気がしました。

Katsuji

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