story96.雑誌「私のカントリー」への掲載

先月、我が家のことが、雑誌「私のカントリー」に掲載されました(妻への取材による内容となります)。妻は、私が前職のサラリーマンだった頃から、絵を描いたり教えたりしながら、一早く我が家の住み開きを実践してきました。思えば、2003年に二世帯住宅に増改築して、両親と同居するようになったのですが、そこに至るまではなかなかの苦労でした。1つは、整理されず捨てて良いのか悪いのか分からない物が多かったこと。物を片付けたり、一部廃棄しないと私たち家族が入居するスペースを確保できないので、1つひとつ両親に確認を取りながら、段ボールに詰めたり、廃棄処分をしたり、時間をかけて整理しました。もう1つは、両親のことも考えながら提案したレイアウト案に対しての合意が取りづらかったことです。レイアウトイメージを妻が絵にして両親に伝えるのですが、なかなか上手く伝わらず、やり直しになることが何度もありました。私もでしたが、当時、妻の苦労はとても大きかったと思います。さらに、思っていた以上に家の傷みが大きかったこともありました。ベランダの床が家具の重みで落ち込んでいたり、一部の土壁が崩れていたり、このタイミングで二世帯にして改装し、その後、隅々まで使うことがなかったら、家は朽ちていたかもしれません。そうして、ようやくリフォームが完了して、二世帯での生活が始めるとともに、妻の水彩画のアトリエを増設し、教室やギャラリースペースとして利用することが始まりました。アトリエについては、内壁の漆喰を妻自らが塗るなど手作り感もあって、来訪いただく方々に喜ばれるスペースになりました。妻は、我が家に住み始めた時、年末に色づく紅葉の木を見て、この景色を多くの人達と共有したいという想いを持って、毎年の年末に水彩カレンダー原画展を開催するようになりました。回数は既に20回を超え、年々、来訪者も増えてきています。このような、住み継なぎと住み開きの流れを作っていったのは、主に妻の方で、とても感謝しています。

さらに、このことは「住み尽くし」にも繋がっていると思います。家族構成の変化や家族の成長とともに、家の部屋の使い方は変わってきます。私たち家族が二世帯住宅として「住み継なぐ」ことで、各部屋を手入れし、それぞれの用途に応じて利用するようになり、再び家全体も生き返ってきたように思います。両親の他界で我々の生活スペースを移すことに伴い、元々我々が生活していた部屋をイベントや教室スペースとしてオープンに「住み開く」ことで、再び隅々まで利用し尽くすことになり、家屋の健康寿命を延ばす上でも、大切なことだと思っています。

Katsuji

KTJパピエ

環境政策 藤井厚二 古民家

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