story99.その地域の文化を受け継ぐ建造物

この1ヶ月の間に建築に関わる3つのイベントがあり、それぞれがとても印象深いものでした。

1つ目は、建築を通して地域史の掘り起こしを行われている京都華頂大学前教授の川島先生が、ご自身で主催されている研究会の方々とともに、我が家の見学にお越しいただいたことです。川島先生は吹田市出身で、千里ニュータウンや千里山の住宅地とともに千里丘界隈にも興味を持たれているとのことです。川島先生は「誰も見向きもしない建物の価値を見いだす」ことをモットーとされ、特に小中学校の校舎や酒蔵の建築史を俯瞰する研究を行い、北海道から沖縄まで現地を訪ねて調査し、大正期から1970年代にかけて鉄筋コンクリート造化されていった過程を中心に解き明かされています。

2つ目は、大阪府登録文化財所有者の会の総会および見学会に参加したことです。今回の見学会の場所は枚方市内の鍵屋。枚方市は江戸時代の頃は宿場町として栄え、淀川や京街道など海運や陸運の要衝でしたが、この鍵屋は江戸時代の頃は旅館として、その後、昭和から平成までは料亭として利用され、今は市立の資料館になっています。主屋は江戸時代の旅館の様子を再現される形に改装され、別棟は最近まで営業されていた料亭の雰囲気を残しつつ、当時の貴重な資料や備品が展示されています。その時々の要請に応じて利用形態を変えながら保全されていて、枚方の文化を象徴する建物として受け継がれています。

そして3つ目は、能勢の参加型施工会社であるTEAMクラプトンが手掛けている能勢町内の汐の湯温泉の工事をお手伝いしに行ったことです。同社は数年前に閉館した汐の湯温泉を買い取られ、改修工事に取り組んでおられます。当時、汐の湯温泉は地元の法事や会議、観光客の宿泊などで賑わっていましたが、老朽化もあって賑わいが減っていったそうです。それを今回、地域に溶け込むコミュニティスペースとして再生するということで、この建物も能勢の地域の新たなシンボルとなっていくことが期待されます。微力ながらそのような改修工事に関われ、とても心が満たされました。

千里丘エリアにおける我が家はどこまで地域の文化に溶け込んでいるのでしょうか。我が家は、当時、何もない地域に初めて建てられた家であり、この地域の文化的背景があって建てられた建物ではありません。ただ、その後100年間、この地域にはベッドタウンとして様々な戸建住宅やマンションが建てられ、その生活を支えるための飲食・物販施設や医療施設も建ち並び、特有の地域コミュニティや地域文化も形成されてきました。100年間、この地に変わらず位置した我が家も、今後その文化の一端を担えるようになればと思います。

Katsuji

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